「喜べよ崇」 携帯でいきなり先輩が呼び出すから何かあったのかと思って急いで飛び出してきた。時間は19時を過ぎたとこ。 待ち構えていた先輩は全然、ケロッとしててなんで呼び出されたのか分からなかった。 けど、先輩がそう言って取り出したものでようやく意味を知る。 「……これ」 「そ、折角夏だし、お前こういうの好きそう」 先輩が持っていたのは花火だった。よくセットで売ってるでっかいやつ。 あと打ち上げがいくつか。花火って結構高いのに。 「俺のおごり。やろうぜ」 俺だって知ってたら準備してきたのに。こういう時、頼りにしてくれてんのか不安になる。 噴水のある公園は結構花火する奴が多い。水を用意する必要ないしな。 俺が持ってんので花火に使えそうなのなんて、ライターだけなんだけど。 「ほら」 先輩はそんな俺の気持ちも知らずに何本か手持ち花火を渡してきた。 先輩も両手に持ってる。そんなに持ったら誰が火つけるんだか。 俺が好きだからっつうより、先輩のほうが好きなんじゃないか。先輩のほうがはしゃいでる。 気づけば俺は先輩を見ながら笑ってた。 しゃがみこんで、一生懸命火をつけようとしてるけどこの風じゃつかないんじゃないかな。 「先輩、貸して」 一緒にそこにしゃがみこんで、左手を盾にしてライターに火をつけた。 「サンキュ」 そうやって笑った顔が、可愛いと思う。こっちまで笑うじゃないか。 先輩は花火に火をつけると少し離れて散っていく明かりを見つめてる。その横顔さえ、残したいと思うほどの感情を、先輩は気づいてる? 「先輩、あれやってもいい?」 激しく火を吹き上げるやつ。何花火っていうんだろう。 「お前ああいう派手なののほうが好きそうだもんな」 よく分かってらっしゃる。 俺は遠慮なく火をつけることにした。でも打ち上げも捨てがたいな。 少し離れたところに置いて火をつけて自分も離れる。 時間差で派手な光が吹き上げた。 「おー…」 火って、なんでこんなに安心すんだろ。 いくらでも見ていたいと思うのは俺だけなのかな。 そう思って先輩のほうを見ると、先輩もその花火に釘付けになっていた。口なんて半開きで。その顔が面白い。火を見て和むのは俺だけじゃないんだと思った 。 ほんの数秒で終わってしまう花火だから、その儚さが際立つ。 終わってしまってからもっと見たかったと思うのが花火のいいところなのかな。 「きれいだな」 先輩が言う。俺は頷いただけだった。 花火が終わると、先輩はロケット花火を渡してきた。 「それ、俺火つけれないんだよな」 いきなり飛びそうで、と笑う。 なんだそれ。可愛すぎだろ。俺も笑うしかなかった。 こんな小せぇことでも先輩とだったら笑えるから不思議だ。 この小せぇことでも笑える時間がずっと続けば良いな。 この後、打ち上げ花火を手に持ってやって先輩に危ないって怒られたり、ねずみ花火で逃げ回ったりして、気づけば残る花火は線香花火だけになってた。 「これで最後かー思ってたより呆気なかったな」 「何で先輩浴衣じゃないんスか」 線香花火といったら浴衣だと思う。それを言うと先輩は浴衣なんて持ってないって言った。多分、1人暮らしの部屋に無いってことだと思うけど。 「絶対似合うのにな。あー想像したらなんか、エロいっすね」 「はぁ!?」 だって、浴衣からチラチラ見えたら絶対我慢できない気がする。しかも脱がしやすいだろうし。そんな邪まな気持ちを込めて先輩を見ると、きっと同じことを考えてたんだろう。先輩の顔はかすかに赤くなった気がする。暗くてよく見えなかったんだけどね。 「くだらねーこと言ってないで、火」 線香花火の束を解いて、1本だけ持つ。 火をつけると、本当に儚げに素朴な火を散らした。 2人で頭並べて、その熱を持った玉が落ちるのを待つ。 「どっちが先に落ちるか競争しようぜ」 最初の玉が落ちた後に、先輩が1本くれた。先輩の持つ分と、俺のと一緒に火をつける。 暫くその光を眺めていると先輩が話し出した。 「これってさ、すげー儚いよな」 「うん」 俺もそう思ったよ。線香花火だけじゃなく、全部の花火がそうだと思う。 「けど、ほんの一瞬だけど、なんか癒されね?」 俺は思わず、自分の線香花火の玉が落ちるのをよそに、先輩の顔をみた。 うん、それ、俺も考えてた。 なんでかな、こういうのすげー嬉しい。 「あ、崇の落ちてんぞ。俺の勝ちな」 そう言って笑う先輩が、俺、好きなんだ。 負けても良い。先輩がそうやって笑ってくれるなら。 また花火に火をつける。2人でやるのはその花火の数は多いように感じた。多いようで、少ない。 「たった一瞬だけどさ、すげー楽しい。でもずっとこの明るさは続かなくてもいいな」 「どういうこと?」 「俺、崇といる時間は線香花火みたいだと思う」 先輩の言いたいことの意味が分からない。 俺と一緒にいる時間は続かなくてもいいっていうこと? それとも、一瞬で良いってこと? 「なんかさ、お前といると楽しい。癒されるし、明るいし、派手な時間だと思う 。けど、そればっかりじゃないだろ?」 「なんか、難しいんスけど…」 「落ちるときもあれば、光ってないときもあるっつうこと。でも、手放したくな い。お前には早いか」 なんとなく分かるような気はするけど、俺には難しすぎ。 もっと具体的に言ってくんなきゃ俺の頭じゃ理解できねぇ。 けど、なんとなくは分かる。分かるっつか、感じるに近いかも。 線香花火みたいな時間ってどんなだよ。それ、地味すぎね? 俺が真剣に考えてんのに、先輩は笑った。笑って俺にはまだ早いって言う。たった1年しか違わないくせに。 「線香花火みたいでいいと思うよ。楽しいばかりじゃ、ずっと一緒にはいられねぇし」 気づけば、線香花火も少なくなっていた。 ずっと、いたいと思ってくれてんだ。 それだけは分かった。俺の頭でも。 それなら線香花火でいいよ。俺、なんか、 すげー嬉しいんだけど。 「ニヤニヤしてんじゃねーよ」 頭を小突かれた。この時間が、俺にとっちゃ花火以上に楽しい時間だけど。 並べてた頭をほんのちょっとだけ伸ばしてみた。 先輩の尖った唇に自分の唇をぶつけた。 「先輩、花火はこんなことしないっスよ」 花火も良いけど、俺にはこっちのほうが重要だったり。 俺たちの時間は線香花火かもしれないけど、たまにはロケット花火にもなって みようよ。 激しく燃える時間も派手にはじけて一瞬で終わる時間もないと楽しくないだろ ? 「……たかし」 「何?」 にやにやしながら先輩を振り向いたら、いきなり後頭部の髪の毛をつかまれた 。ちょ、禿げる! 掴まれて、痛いと思う隙もなく、俺の口は先輩の口とぴったりと合わさってて 。 絡めて、引っ込むのを追いかけて、捕まえたら今度は俺が逃げる。痛いぐらい吸われて、お返しして、ちらりと横目で線香花火の熱の塊が落ちるのを見た。 息が続かなくて、ようやく離れたときには先輩の唇は真っ赤で。もっと明かるい場所で見たいと思った。 「終わったな」 そう言って、遊び終えた花火を片付け始める。 きっと、今の先輩は真っ赤なんだろうな。 「先輩、花火、ありがと」 片付けながら言った。 「ん」 ヤバイ、あんなんしてそのまま帰れるかよ。 先輩、花火だけで呼んだわけじゃないよね? 「先輩の部屋行ってもいいっすか」 「………ん」 夏の花火、最高。 なんだかんだ言って、花火みたいな時間もそうでない時間も良いと思う。 きっと、先輩と一緒だったらどんな時間も花火みたいに見える。 俺だって、どんなことあっても、先輩とずっと一緒にいてぇって思ってるよ。 今度は俺が花火、買ってくるからまた一緒にしたいっすね。 終わり |